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置かれた場所で咲きたくない

気付いたら還暦過ぎていました。年齢に抗いながら日々前向きに

賃貸マンションの契約に行く。と近隣下見

母の通院の付き添いがあったので、家を9時に出て病院は早く終わったため約束の時間より少し早く初期費用を支払いに行った。

 

午後から下り坂になると言っていた天気も何とか晴れ間もあり、寒くもなかったので駅からマンションまでどれ位かかるか歩いてみた。

 

駅の近辺には小さなお店が沢山。イタリアンや焼き鳥の店などなど。

 

結婚するまでこの市に住んでいたので町の様相はビルが出来て変わったものの何となく懐かしい。

 

今住んでいる所は駅前には銀行や塾位しかない。

駅の階段を降りるとコンビニ一つない所も令和の時代に珍しいだろう。

 

義兄が「○○県はイヤイヤになる」と書いていたのも分かる。

 

男性でそれなら女性の私はもっともっとその気持ちが強い。

 

母には伝えてあるが、母も私と同じ年の頃引っ越しを経験し、一人で荷造りし、その後しんどくなって血圧が上がったとかマイナスのことばかり言うので転居のこと言うんじゃなかったと思った。

 

これからどんどん年老いて病院の付き添いも絶対必要になるのにポジティブにとらえればいいものを。

 

そんな所が私もこの母に似てしまったのだろう。

 

子供を心配するあまり、あれするなこれするなと前もって予防線を張ってしまう。

決断の早い人なら離婚か別居しているだろう。

 

生ぬるい地獄にどっぽり浸かるしかない余生を又送っていくのだろう。

 

まぁこの土地にはウンザリしていたし、四半世紀も引っ越したいと思っていたからここから出ることには特に後ろ向きになるものは何もない。

 

取り敢えずは着替えや少しの調理器具など持って。

どこまで娘が手伝ってくれるか、どうせあてには出来ない。

 

私も30年前母が引っ越した時、500キロも離れた遠方に住んでいた。

 

比較的近くに住んでいた姉の所は下の子がまだ小さかったから手伝えなかったし、そんなもの。

 

家族、親族でわいわいやりながら引っ越し作業している所は羨ましいけど今世は諦めている。

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。